本来なら、長文になりそうだし、こういう内容のことは自分のブログに書くべきところ、あえて本人の目につきそうなこちらに書くことにします。
教員採用試験合格を喜んだのもつかの間、合格通知が来て、「中学校」という採用先を見て息子は愕然としたらしい。高校大学とずっと水球中心の生活、高校教員を目指したのも、水球指導もあるけど、県連で恩返しをするという使命を帯びてのこと。
この話を聞いて、自分の高校受験のとき、まるで校風が正反対の2つの高校がセットになった「学校群」に奇跡的に合格したのはいいが、機械的な振り分けを見たらどう考えても自分には合わない超古風・保守的な方の高校に振り分けられていて、人生で初めて膝の力が抜けるという経験をしたのを思い出した。
鈍感力・忘れ去ることが特技の息子だから、膝の力が抜けたかどうかわからないが、中学校に配属されることになったのは、結果的には教員人生では絶対にプラスになると保証する。
自分の英語教育の恩師も、教え子たちに中学校へ行くことを勧めていた。中学校で鍛えられた教員は、高校へ行こうがどこへ行こうがしっかり教える基礎ができているが、高校しか教えた経験がない教員は、中学校で教えられるとは限らない、というのがその理由だと聞いている。
できの悪い弟子だった私は、中学校を志望しながら採用試験にパスできず、やむなく大学教員になった。それから十数年間大学で教鞭をとってからのあるとき、中学校で教える機会が転がり込んできて、大学を辞めてまで中学校の荒波に飛び込み、自分を鍛えてもらった。そういう自分の経験に照らしても、中学校で教える機会に恵まれたということに、むしろ感謝するべきかもしれない。
私が大学を辞めて中学校に赴任することを、既に他界していた恩師に代わり喜んでくれて飲みに連れて行ってくれた大先輩教員が、「まずは10年間頑張れ。10年経てば一人前になれる」と、はなむけだか戒めだかわからない言葉をかけてくれた。
まあ、10年とまでは行かなくても、5年くらいは中学校で揉まれたほうがいい。きっと高校水球界は君を待ってくれているに違いない。