
そもそも、母語話者数がわずか550万人しかいない言語を学び始めたのはどういう経緯か、還暦過ぎのおっさんがわざわざ単身留学までしてフィンランドに学びに行こうと思ったのはどういう背景か、書いておきたいと思います。
要点だけ並べると、フィンランド語を学ぶ理由は、
1.フィンランドやフィンランド人への愛着
2.英語教師(語学教師)としての見識を広めるため
3.純粋な語学学習の楽しみ
の3つになります。
フィンランド語で何か実用的なことをしようとか、仕事に活かそうとか、そういう実用論的な理由はほとんどありません。でもだからこそ学ぶ意味が出てくることもあります。
1.フィンランドやフィンランド人への愛着
言語を学ぶに当たっては、その言語を話す人々や、その人々が暮らす土地に対する興味や愛着が大きな動機となっていると思います。
私の職業は英語教師ですが、そもそも英語に対する興味関心は、英米の音楽や文化(まあ、あまり英国の方は文化的な関心は高いとは言えませんでしたが…)がきっかけで、それに良い教師に巡り会ったことが原動力になりました。残念ながら昨今の米国の状況を見ていると、米国や米語に対する興味関心は薄れてはしまいましたが、それでも、学習者の英語に対する興味関心や学習意欲を少しでも高められるようにするのが仕事です。
フィンランドで1年間暮らしてみて、その文化や生活、そして何より、現地で知り合った多くのフィンランド人の友人と、英語ではなく、彼らの言葉で直接話したい、できれば英語に訳されたものではなく、フィンランド語で書かれたものを読んで知見を広めたい、という気持ちが、フィンランド語を勉強したいといういちばんの動機になっています。
”Put your feet into someone else’s shoes.”という表現は、一般的には「相手の身になって考える」という意味で使われますが、まさに相手の話している言語を自分の耳に入れ、口から発することが、その国や人々の中に入るということになるのだと思います。このことは、機械翻訳があれば言葉を学ぶ必要がないなどという、「コスパ」優先の実用的な観点とは対局にある、なぜ外国語を学ぶ必要があるのかという大切な理由にもなっていると思います。
2.英語教師(語学教師)としての見識を広めるため
フィンランドは、フィンランド語だけでなく、かつての宗主国の言葉であるスウェーデン語も公用語で、後者の話者は国民の1割にも満たないにもかかわらず、二つの言語は同等の地位を保障されています。他にも英語も広く教えられ、使われています。北部のラップランド地方ではsaamelainen(サーミ語)も使われていて、単一言語国家ではありません。
外国語教育でも、フィランド語話者にはスウェーデン語が、逆にスウェーデン語話者にはフィンランド語の学習が義務づけられ、英語以外にもドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語や日本語など、いろいろな言語を学習する機会が提供されていて、複言語主義をとっています(複言語主義については別途書こうと思います)。
そういう環境の中で、ゲルマン系の言語とも違う、漢字圏の言語でもない、今まで学習したことのない言語を学習することは、語学の教師として、言語教育に関わる研究者として、自らの学習経験を通じて見識を広げることにつながると思います。これは、ある意味では、「外国語=英語」と思い込んでいる(思い込まされている)日本の外国語教育に対する批判的な態度の一つです。
3.純粋な語学学習の楽しみ
フィンランド語は、いろいろな動詞活用や、とても多くの「格変化」を持ち、学習が難しい言語だとよく言われますが、実際に学習してみると、確かに動詞の活用や微妙な音変化、多くの格変化があって圧倒はされますが、文法体系はとても理路整然としていて、学習していて知的に楽しい言語だと感じます。
発音も、いくつかの母音や巻き舌のR音を除けば、日本人にも馴染みやすい音体系になっていて、アクセントも常に先頭の音節にあるので、英語のように個々の語について覚える必要もありません。つづりと発音も、ごく一部の語句以外は、きっちり規則的なので、意味はわからなくても正しく読むことが可能です。
どの言語でも言えることですが、物事をどのようにとらえ表現するかで、その言語を話す人々のものの見方や世界観がうかがい知ることができるのも楽しみです。例えばフィランド語では、コンピュータのことをtietokone(tieto「知識」、kone「機械」)、飛行機のことをlentokone(lento「飛行」)、冷蔵のことはjääkaappi(jää「氷」、kaappi「戸棚」)と表現します。他にも、lohikäärme(lohi「鮭」、käärme「蛇」)は「龍、ドラゴン」のことで、「水曜日」のことはkeskiviikko(keski「真ん中」、viikko「週」)と言います。これだけ見ても、フィンランド人のものの捉え方がうかがえて楽しくありませんか?