1年生の授業感想を読んで

学年末の成績も峠を越えて一段落。そういえばいつもこの時期は魅惑の国会中継があるので、何かと手が止まりがち。

評価の対象となる課題とは別に、授業について自由な感想を書いてもらったのを読むと、こちらの意図した学びがあったことに励まされたり、考えさせられたりする。

入学していきなりオンライン授業になってしまった1年生の受講感想からいくつか拾い出してご紹介。なお、試験期間が終わってからでも書けるように、まだ締め切ってはいないので、以下はその一部。

この授業は、相変わらず”Sound of Music”の映画を題材にしたもの。もう何年か続けているが、相手の学生は毎年変わるし、映画の時代考証や文化的バイアスなどの批判はあるにせよ、自分もまったく飽きてないので、問題ない。

授業では、場面ごとに台詞の聞き取りをしたり、発音指導や、台詞の音読を提出させて講評したり、復習として穴埋め課題に取り組んだりした。

まずは、授業方法についての感想(色づけは私によるもの)。

「オンラインにもかかわらず、クラスの友達と蜜に関わることができたのは、この授業だけでした。とても楽しく学ぶことができ、友達と関わる機会を作ってくださった淡路先生には本当に感謝しています。」

「オンラインという異例のことが起こりまくりの年でしたが、それでもクラスのみんなとグループ活動したりする機会が多い授業だったのでとても楽しかったです。」

「今年はコロナウイルスの影響で友達を作るのも大変でしたが、グループで話し合う機会を沢山作ってくださったお陰でクラスメイトともコミュニケーションを取ることができました。他の授業では中々クラスの人の顔を見る機会がなかったので、そういう意味でもこの授業は楽しかったです。」

唯一顔出しの授業でクラスの皆の顔が見れて嬉しかったです。」

「新型コロナウイルス感染予防のため、今年度は対面の授業ではなくオンライン授業でしたが、とても良かったと思います。ZOOMでの講義でしたが、大学に行かなくても実際に対面で授業を受けているように感じました。授業の振り返りでは、クラスの人達の意見や感想が見られることでとても参考になりました。」

「対面だったらどう授業が進んでいたのかわかりませんが、オンライン授業でも問題なく受けられて、今年の状態に適していたように感じました。」

「この授業は、自分の成長を1番感じられた授業となりました。」

多少のお世辞は混じっているのかもしれないが、それでも最後の感想はうれしい。それだけ、毎週かなりの作業を授業内外で行ってきているので、こういう実感が持てても無理はない。

授業ではビデオをオンにして参加してもらい、互いの反応や表情を見ながら授業を進めていたが、受講した授業でこれが唯一の顔出し授業だというのが驚き。まあ、オンデマンド型の授業もあるのだろうが、表情を見ずにコミュニケーションし続けるのは苦痛だろう。

授業では折に触れてブレイクアウトルームに分かれ、互いに意見交換したり、グループで課題に取り組んだり、それを持ち寄ってまとめたりしたが、これが学生間の関わりを生み出していて好評だったようだ。

何かとオンライン授業は質が落ちるなど批判の的になっているが、やり方によっては対面授業と遜色ない成果は出せると思う。

逆に、対面授業ではできないようなこともオンラインなら可能になることも多い。感想で触れられている授業の振り返りだが、毎回授業サイトの掲示板に書き残してもらい、投稿を終えたものは仲間の投稿を見られるようにしてあった。こういうことは対面授業では実現しにくい。

文科相は比較的強力に対面授業再会を求めてきているようだが、背景には学生たちのつながりが持てない不満があるらしい。そのようなつながりは、キャンパスで群れるばかりでなく、オンラインの授業でも工夫すればいくらでも作れる。

この授業の初めの頃、学生たちに授業外でのつながりはできているか尋ねたところ、Lineのグループすらできていなかったのに驚いた。そこですぐ、画面にQRコードを提示し合ってつながる機会を設け、その後は何かと連絡を取り合っていたようだ。

感染拡大のリスクとのバランスで考えれば、時期尚早な対面授業再開は賢明な選択とは言えないと思う。

 

次に、英語について、特に音声に関するもの。

「四月からこの授業をやってきて、発音の仕方の基礎を学ぶことができました。そのおかげで他の授業でもそのことを意識して発音することができました。また癖をつけることはできていないけれど当たり前のようにできるようにしたいです。」

「英語について学んだことは、発音できない単語は聞き取れないんだなということです。穴埋めなどをやっていて、何度聞いてもわからない部分の発音は自分がカタカナ英語で発音している部分だったことが多かったです。」

この授業を受けるまで、発音に注意したことがなかったので、授業を受けるたびに自分が成長した実感があり楽しかったです。」

「ネットフリックスで、映画やドラマを日本語で見てから次は英語音声、英語字幕でみるようになりました。なかなか理解できない言い回しがあったり、聞き取れなかったりしますが、地道に取り組んでみようとおもいます。」

「この授業は、自分の発音を聞く機会が多かったため、自分のできていないところをきちんと知ることができました。また、できていないところを先生が指導してくださるためそのままにならず、改善することができました。しかし、意識しないとすぐに正しい発音ができなくなってしまうので、今後は定期的に自分の発音を聞き、完璧にできるまで頑張ります。」

毎年英語の授業を担当していて感じるのは、大学に入るまで、まともに音声指導を受けていない学生が絶望的に多いこと。

まあ、中学の頃は多少は音読したり、発表活動などで英語を言わせることはあるようだが、発音を向上しようとか、きちんとした発音ができることを目指す積極的な指導はほとんどない。だから、多くの学生が「この授業を取るまで発音に注意したことがない」という感想を述べる。

音声指導が大事なのは、ネイティブっぽく、とか、ペラペラと流ちょうに、ということではなく、聞けなければ言えない、言えなければ聞けない、言えねば書けない、単語が覚えられない、という広い悪循環が生じるので、英語学習全体の効率が落ちるからだ。

ひとりの学生も書いているが、できないところを認識する、それができるように指導する、という至極当たり前のことが大学入学までになされていないのは、大問題。

この授業をきっかけとして、オンラインの動画サイトを学習に積極的に活用しようという気になってくれた学生がいたのもうれしい。

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