Presentation slides for CLaSIC2016

Presentation slides for CLaSIC2016 by AWAJI Yoshimasa
“Endangered Teaching Skills Behind Flooding Technologies”

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ひと月早くうれしいサプライズ

今日のゼミでは、うれしいサプライズ企画がありました。

学生のひとりが私の誕生日の月と日付を逆に記憶していて、一月早いサプライズケーキをいただきました。

教卓の下に箱入りのケーキを置いて私を驚かせようとしたのが、私が気付かず不発。ゼミ中も挙動がおかしいので何かと思ったら、メッセージ入りの立派なケーキでした。

ろうそくが6本なのはご愛嬌。ケーキにチョコレートペンで書かれたメッセージの言葉は、私のゼミでの口癖だそうです。

さすがスマホ世代、ケーキを10等分するにもサッとツールが出てきます。ケーキに等分の補助線が引かれた画像を頼りにナイフを入れていくツールです。

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我が家のかつぶし犬

朝の味噌汁の出汁を取った後の鰹節の出汁殻を、以前は佃煮にしたり、納豆に入れたりと、いろいろ工夫してましたが、息子が犬を連れ帰ってきてから、彼(息子ではなく、犬のセナ)にくれてやってます。

鰹節を濾したステンレスの網から、セナのステンレスの餌入れに出汁殼を入れるとき、「カンッ」という金属音がするのですが、彼はこの音すぐに覚え、離れた部屋で寝ていてもこの音ですっ飛んでくるようになりました。

そのうち、鰹節をかいているときに足元に待機していると、おこぼれが降ってくることを覚え、鰹節をかく音がすると足元に寄ってくるようになりました。なんともグルメな犬。

時々、意地悪してステンレスのボールと網で音を立てると、すっ飛んできて餌入れを確認し、出汁殻が入ってないとフンフンと訴えています。

我が家の出汁は利尻昆布と鰹節の合わせ出汁なのですが、昆布の出し殻も食べるかと思いきや、こちらには見向きもしません。つくづく贅沢な犬です。

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ゲミフィケーション?

いっとき、英語教育の分野、特にICTを活用した英語教育のでは、「ゲミフィケーション」というトピックが流行した(まだしている?)。課題をゲーム化したり、ゲームでプレーヤーを惹きつける技法を教育に取り入れて見ては、というアプローチの研究だ。

先日、腐りきった記者クラブに牛耳られた記者会見会場で、のらりくらりを決め込む態度の悪い官房長官に、ひとり果敢に鋭い質問で切り込むことで一躍有名になった、東京新聞の望月衣塑子氏の講演を聞く機会があった。『武器輸出と日本企業』という彼女の著書で既に読んでいたことだが、遠隔操作の無人爆撃機による爆撃の実情とその恐ろしさを改めて望月さんから直接聞いて、背筋が寒くなった。

実際にはとんでもない殺戮行為を繰り返しているのだが、操縦する兵士にとっては、モニタに映る映像を見ながらボタンやレバーを操作する、まるでテレビゲームのような行為になっている(でも、従来の戦闘と同様、PTSDによる被害は深刻らしいが)。ある意味で、戦闘による殺人行為が、ゲミフィケーションによって矮小化されているようなものかもしれない。

別の日に、伊藤弁護士・香山リカさんのイベントに参加して話を聞いた。いずれもネットやツイッターが絡む名誉毀損、誹謗中傷事例に対する訴訟について、当事者の二人が経緯や現状を報告するという内容だった。

ツイッターでの書き込みや、ブログ記事でさんざんデマや誹謗中傷を下側の被告たちは、訴えられると、自分の発言や主張の正当性について主張して争う姿勢はほとんど見せず、あっさりと判決や和解を受け入れたという。

報告を聞きながら、まるで、スポーツのゲームでペナルティの笛を吹かれてさっと引き下がり、また同じような違反を繰り返すみたいな、気軽さとしたたかさを感じた。しかし、スポーツならルールがあり、ペナルティの蓄積でさらに重い対応が規定されているが、ネット上でのデマ拡散は影響甚大、人格に対する攻撃でもあり、共通に遵守するルールもない。勝訴や和解で、慰謝料や謝罪は勝ち取れるかもしれないが、既に流れてしまっている情報や人々が抱く印象までは、どうにもしようがない。

こういうことを繰り返すネット住人というのは、ある意味で口撃ゲームを楽しんでいる感覚なのではないか。だとすると、やられる側もたまったものではない。そして、こういうお遊びが、大げさかもしれないが、言論とか人権とか真実の持つ重みを蝕んでいくような気がする。

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「上野たい焼き」

上野の某所へ行く途中、気になるたい焼き屋があり、一尾買い求める。「上野たい焼き」という店。

土曜の夜だが、あたりはオフィス街で人通りもまばら、なのに頑張って営業ってすごい。

店主のお兄ちゃんの言葉のアクセントがちょっと気になったけど、たい焼きは薄皮で餡も甘過ぎず、うまかった。

あとで調べてみたら、韓国式のたい焼きらしい。事実確認してないが、韓国では「鯛」ではなく、「鮒焼き」なんだそうで。通りで細身なわけだ。焼き機も日本のとは異なるらしい。キムチ横丁も近いから、子息がスピンアウトして回転した店か?

次に行ったらよく見てみようっと。

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障害とどう付き合うか?

抱える障害と、どう折り合いをつけて行くか、それを周囲にどう理解してもらうかについて、最近経験した対照的な二つのこと。

ある日、グリーン車の二人がけ窓側席に座っていたら、私よりちょっとだけ年上と思しき、杖をついた男性があとから隣に座った。左側に麻痺があるようで、左手は効かない。まっすぐ座りにくいらしく、真ん中の肘掛に体を預けるように座るので、こちらは窮屈。でも状況を察して我慢。

それから、いろいろなものが入って重そうなカバンから本とマーカーを出し、可倒テーブル上で読書を始めた。左手が使えないので、身体を斜めにして、腕で本を抑えつつ、あちこち精力的にマークしている(蛇足だけど、見開きの半分近くが黄色くなってるのは、マーカーの役目を果たしているのかな?)。このときの身体の捻り方で、頻繁に肘がこちらの身体を突く。痛くはないが、こちらも仕事に集中できない。おまけに、身体を捻るのに邪魔になる足元のカバンは、私の足元に突き出ている。

せめて、会釈とか、断りのひと言があればこちらの気も治るが、彼からは、何のモーションもない。その余裕すらないのかもしれないが。

そんなことを考えていた日から数日後、地下鉄を降りて混み合うホームを改札に向けて歩いていたら、ちょっと前をゆっくり歩いている人の背中に変なものがついているのが目に入った。何だろうと近づいてみると、黄色い紙に赤いマジックで、「障害があります。お先にどうぞ」と、苦労して書いたと思われるような字で書いてあり、それが襟に洗濯バサミで止められていた。

流石に写真を撮ることは気が咎めた。その苦労した意思表示に心打たれ、事情を話してお願いすれば取らせてくれたかもしれないが、言葉で描写してわからないような状況ではないし、やめた。

その人は、自分が流れに乗って歩けないことを気にして、後ろの人がイライラしないように知らせる紙を背負うことにしたのだろう。決して見栄えもカッコウも良くないが、自分が格好つけるより、人様にお知らせする方を優先したのだろうなと、いたく心にしみた。もしかすると、過去には理解ない人からどやされて、嫌な思いをした経験があるのかもしれない。

いろいろなレベルの障害があって、一概にどうするべきとは言えないけど、ちょっとした説明と意思表示をすることで、周囲の対応や気持ちもガラリと変わるんだということを、おじさんの黄色い紙に教えられた。

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